防災・減災分野(防疫)の主な成果
ヒト介入試験プラットフォームを構築
ヒト介入試験とは、生物資源(食物)を実際にヒトが摂取し、その機能性や安全性を数値的に評価するものです。ヒト介入試験は通常、倫理審査→試験→データ整理が別々の機関で行われており、その工程も煩雑になっています。また、高い費用が必要であったり、1年待ちになっている場合もあるなど、ヒト介入試験へのハードルはかなり高いです。
そこで、沖縄北部12市町村の協力を得て、倫理審査・試験・データ整理の一連の流れをワンストップで行えるヒト介入試験プラットフォームを構築しました。石川酒造場が開発した乳酸菌飲料「美らBio」(読み:ちゅらびお)の美肌効果や血糖値を下げる効果を評価するなど、これまでに2品目を評価。このように、各地の生物資源の機能性を明らかにすることで付加価値を付け、地域に貢献することを目指しています。
最先端の研究設備を活用した、生物資源の評価
沖縄高専は、ウイルスや細菌のゲノム配列を解析する次世代シーケンサ―や、血液成分(血糖、尿酸、コレステロールなど)を血液1滴のみで自動測定する臨床化学分析装置など、生物資源を調べるための最先端の研究装置を数多く所有しています。しかし、これらの装置は高価であり、各高専や研究機関などで導入することが難しいので、全国の高専から生物資源サンプルを提供してもらうことで、評価する仕組みをつくりました。
例えば、腸内細菌層を調べることで、沖縄の方々が長寿である要因や、梅を食べたときの便臭にもたらす効果などを検証。また、地底に生息する生物が持つ血栓の分解酵素に着目した「地底プロテインパウダー」についても評価しました。
大宜味村の特産「カラキ」の機能性を探索
沖縄県北部の固有種であるカラキ(オキナワニッケイ)の葉にはシナモンのような風味があり、これまで地域活性化としてお菓子やお茶に活用してきました。そのカラキの機能性を高専が連携して評価することで、さらなる付加価値を生み出そうと始まったのが本取組です。
カラキに含まれている成分と同属の成分で血糖値を抑える効果が報告されている先行研究があったので、まずは試験管レベルでカラキについても調査。すると、カラキでも同じ効果が発見されたので、次は沖縄高専が所有する実験用マウスに投与することで血糖値が下がるかどうかを検証しています。現状、血糖値は下がっていることが確認できていますが、1回の投与で効果があるのか、継続的に投与しないと効果がないのかを調べているところです。
効果が実証された場合は、血糖値の上昇を抑える効果が認められた特産品として、さらなる商品開発を進める予定です。
ユニットリーダー インタビュー 池松 真也 沖縄高専 生物資源工学科 教授
高専で「防疫」をテーマにすることについて、当初はどのように考えましたか。
そもそも分野名が「防災・減災分野(防疫)」になったのは、新型コロナウイルスが感染拡大していたときでした。この現象に対して高専はどのように貢献すべきかを考え、“防疫”が目立つように記載されたのです。
新型コロナウイルスだけではありません。沖縄県では数年前に一度、デング熱の患者が出ました。ですので、今後起こりうる新興感染症という広い範囲に対応した技術や仕組みを考える必要がありました。
防疫がテーマということもあり、当分野では柱をライフサイエンスにしています。しかし、ライフサイエンス、つまり生命科学分野については他高専で取り組んでいるところが少なく、連携が最大のポイントであるGEAR 5.0をどのように進めていくかを考えると、当初は不安でした。
その後、GEAR 5.0の防災・減災分野(防疫)としての取組をどのように進めましたか。
新興感染症などの診断・治療・予防のため、全国にある生物資源が持つ特性を沖縄高専で評価し、社会実装・商品化につなげることができれば、大きな社会貢献になるのではと考えました。ライフサイエンスに係る研究装置はかなり高額で、人的リソースも要します。各高専で用意するのは難しいので、沖縄高専を研究拠点とし、研究装置を共有する方式をとったのです。
つまり、装置ではなく人が動くことになります。沖縄高専には600人以上許容することができる寮があり、長期休暇中は沖縄高専生が一時退寮するので、その間に他高専の学生や先生が寮を活用しながら実験できます。地底プロテインパウダーについても長岡高専の専攻科生が長期休暇を利用して実験されていまして、良い結果が出たようです。
ライフサイエンスの研究装置を使うことで、学生にはどのような影響があると思いますか。
一般的にライフサイエンスの実験の中には、外注サービスとして事業化されているものがあります。しかし、学生が外注サービスを利用すると、サンプルやデータしか見ることができず、「なぜそのようなデータが出たのか」が分かりません。
自分で研究装置を扱って実験することで、どのような経緯でこのようなデータが出てきたから信憑性はどうなのかといった、自分の目で見て判断する能力が育まれていると思います。実際、技術・知識レベルももちろんですが、研究装置をしっかり扱うことができるという理由もあって、大学院に進学できた学生もいましたね。
例えば、最新の次世代シーケンサーを1回動かすだけでも、約150万円かかります。そのことを他分野の先生に伝えたら「えっ、失敗したらどうするんですか!?」と尋ねられましたので、「失敗したら、それで終わりです」と答えました(笑) 学生にとってはプレッシャーかもしれませんが、研究装置の使い方は学生の中でこそ伝承していかないといけません。使い方だけでなく、実験用マウスの飼育についても同様に伝承されています。
実験用マウスの飼育は、普通に動物を育てるのとは異なるのでしょうか。
そうですね。がん治療薬の実験用トランスジェニックマウスの場合、ホモ(両方の染色体に変異)であればがんを自然発症します。通常のマウスは数年間生きますが、ホモのマウスは2週齢で腹部の神経節にがんができ、8週齢で亡くなるので、製薬会社などが新しい抗がん剤候補の効果を短期間にイン・ビボ(生体内)で調べることが可能です。これまでの受託研究では、完全にガンが消滅したケースもありました。
そんなホモのマウスを生み出すためには、まずワイルドタイプのマウス(野生型として生まれるマウス)とヘテロのマウス(片方の染色体に変異)からヘテロのマウスを1/2の確率で生み出し、さらにヘテロのマウス同士で交配させることで、1/4の確率で生み出すことができます。ホモのマウス同士では生殖能力を持つ前に死亡し、交配できないため、このように複雑な方法をとっているのです。
ヘテロのマウスも年を取ると生殖能力がなくなりますので、ホモのマウスが途絶えないよう計画的に交配していく必要があり、ジェノタイピング(遺伝子型判定)の操作も含めてなかなか大変な作業です。学生のみなさんは頑張って取り組んでいますし、先輩から後輩に作業方法を伝承していっています。
高専内での学生同士の連携は、研究方法の伝承で培われているんですね。
あと、他高専の学生とのつながりが生まれる機会創出も行いました。ライフサイエンス分野の学生は高専全体では多くなく、学生同士が発表・交流する場がどうしても少ないんです。
そこで、2022年の12月に第1回目のライフサイエンス・カンファレンスを沖縄科学技術大学院大学(OIST)の施設をお借りして実施し、沖縄高専を含めた計8高専の学生が全国から集まって、自身の研究開発を紹介し、交流・意見交換を行いました。その場では学生同士LINEなどでつながりができたようで、有意義な機会だったと思います。
沖縄高専がライフサイエンスの拠点になるには、沖縄高専だけでなく、いろいろな高専でライフサイエンスの研究が進んでいかないといけません。そのために、私自身もいくつかの高専でバイオインフォマティクスなどの授業を行いました。全体のレベルをさらに上げて、学生自らが日本分子生物学会や日本癌学会、日本バイオインフォマティクス学会などでも現役の研究者と交りながら、どんどん発表できるようになれば良いなと思います。
学生コメント
専攻科 応用化学コース 2年生
企業との共同研究を主担当で任されたことは大きな成長につながりました。共同研究をしていると、研究室にはない設備を使うことが可能になり、培養や分析など実験手法の幅が広がります。しかし、企業の方と調整しながらの実験なので、操作方法や目的を整理しながら進める必要があり、自分の実験計画を見直す機会が何度もありました。
また、様々な関連企業の方々の意見を知る機会も多くあり、一般消費者としては知りえない開発者や生産者側の意見や、そこからの情報などについて学ばせていただくことが多く、貴重な経験をさせていただきました。
専攻科 生物資源工学コース 1年生
昨年度および今年度に沖縄で開催されたライフサイエンスカンファレンスでは、GEAR5.0に参加している高専の学生たちが集まり、研究発表を通じた交流を行いました。同世代の高専生が行う異なる分野の研究に触れることは非常に新鮮であり、異なる視点からの質問が楽しく、それが自分の研究に新たな視野をもたらし、活かすことができたと感じています。
また、GEAR5.0を通じて知り合った教員や学生との協力により、共同研究やイベントの企画も進めています。単独ではできないような貴重な経験のチャンスを最大限に活用するよう頑張っています。