防災・減災分野(エネルギー)の主な成果
高出力の次世代燃料電池を開発
本分野では、地域を超えた技術開発や成果創出を支援し、超スマート社会の実現を可能にする社会実装技術の開発拠点「K-§MART」を設立しました。
その中の「分散型エネルギーデバイスの開発」の柱の1つとして、高出力次世代燃料電池の開発が挙げられます。PEFC(固体高分子形燃料電池)などの空気極(正極)の触媒として一般的に使用されているのは白金ですが、貴金属で高価なため、最小限の白金で最大限の効果が生まれるような触媒の開発を行っています。白金の使用量を減らすために触媒表面をイオン液体でコーティングし、外部環境を最適化する取り組みを奈良高専、和歌山高専、鶴岡高専を中心に高専で面展開をしながら(GEAR間連携)、大学や公設試験研究機関と連携して実施しています。その結果、現状は質量活性(白金単位質量あたりの電流値)が市販触媒の2倍と高出力化し、耐久性も向上しました。今後は、3倍、4倍と、さらなる改良を進めつつ、実用化も目指します。
太陽電池をレアメタルフリーに
太陽電池の需要が高まってきている中、カーボンニュートラルの実現に向けた大規模導入に対して、高純度Si(ケイ素)の不足やレアメタルを含む化合物半導体の原料資源の不足が懸念されます。そこで、本分野では比較的資源量が豊富な元素からなるCu₂ZnSnS₄(CZTS) 系やCu₂SnS₃(CTS)系レアメタルフリー太陽電池について、高専間あるいは大学等とも連携しながら開発を進めており、長岡高専、都城高専を中心に、CTS系太陽電池にアルカリ金属を添加することで光電変換特性が向上することを見出すとともに、低い照度下での発電量の増加など、さまざまな部分で特性を向上させる要素技術の開発を進めています。
さらに、太陽電池の作製技術だけでなく、南九州の土壌に広く分布する堆積物「シラス」から、保有する薄膜作製プロセス技術を進化させて高機能な防曇性能(曇らない)を持つ薄膜も開発しています。この薄膜は内視鏡や車載カメラなどへの応用が期待でき、また太陽電池の出力低下抑制にも期待がもてる薄膜です。
蓄電池を中心とした、次世代エネルギー技術を開発
今後さらに普及していくと予想されている電気自動車の電池として、温度変化に強く、発火リスクが小さいイオン液体を活用した新しい電池の開発を検討しています。詳しい内容は記載できませんが、奈良高専と和歌山高専の連携で培ってきたホスホニウム系の利点を活かした電池の設計を検討しています。燃料電池でチームアップした奈良高専、和歌山高専、鶴岡高専のネットワークを中心に高専でさらなる面展開を図りながら、国研や大学、企業と連携して将来的な実用化を目指して取り組んでいきます。また、米子高専を中心に全固体蓄電池用途の有機正極材料の開発も実施しており、多様な蓄電池の実用化に貢献できればと考えています。
ユニットリーダー インタビュー 山田 裕久 奈良高専 物質化学工学科 准教授
防災・減災におけるエネルギーについて、どのように考えていますか。
防災・減災においては大規模発電ではなく、燃料電池や太陽電池、蓄電池などの分散型電源が重要になります。1次エネルギーや2次エネルギーの分散型電源をビルや家庭などに整備し、それを地産地消していく。そのような社会をつくるために、研究基盤をこのユニットでつくろうと思いました。
また、エネルギーに関する研究・開発の成果は社会実装としてすぐに世の中に出すのは難しいものなのですが、少なくともGEAR 5.0の期間中は、要素技術をNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)などの国家基準に照らし合わせて判断し、企業に評価してもらえる段階まで持っていこうと考えました。
日本の分散型電源の状況については、いかがでしょうか。
分散型電源そのものは、そこまで新しい話ではないです。スマートシティの構想は2000年代に入ってから注目されたと思いますが、既にPCや携帯などで実用化されているリチウム電池の研究とは異なり、燃料電池は宇宙開発時代から知られており、民生用途での実用化はされておりましたが、その普及に課題を抱えていました。
しかし、現在では車にも搭載されるようになりました。そして、さらなる本格普及への貢献を目指して私たちもGEARプロジェクトで取り組んでいます。高い壁ではありますが、乗り越えたいと思います。
研究基盤をつくるうえでのポイントは何でしたか。
学生ももちろんですが、若手研究者をしっかり入れることで、ユニットとしての研究分野に厚みを持たせたのが本ユニットの特徴です。
現在のNEDOのロードマップには、2040年までの段階的な目標をさまざま掲げていますが、触媒一つをとっても、化学だけでなく、数理解析といった他分野の要素技術が必要ですので、高専の技術力を集結し、興味を持った方から取り組めるプラットフォームを用意したいと思いました。その母体をGEAR 5.0でつくろうと考えたのです。
高専としての連携は要素技術だけではありません。機器の共用も重要なポイントです。奈良高専が一元管理する高度な機器を遠隔で共用することで、全国にある51高専が各地のニーズを面で受け入れられる「KOSENコモンズ」とその連携を支えるネットワーク= 「OneKOSEN NET.」を整えようと考えました。学生と一緒に運用方法を検討し、GEAR 5.0 機器ティーチングアシスタント(TA)も専攻科生5名が担当しました。
将来的には、高専同士で連携して技術開発を一体的に進めることで、高専オリジナルの知財を獲得し、その知財をコアとして、いろいろな企業等と連携できるコンソーシアムを最終的に形成したいと思います。
本分野で取り組んだ分散型電源としては、燃料電池や太陽電池、次世代エネルギーなどが挙げられます。
ユニットに厚みがあるからこそだと思います。この記事の冒頭部分で取り上げた成果以外でも、例えば苫小牧高専を中心とした「高効率地中熱ヒートポンプの開発」を行いました。
「高効率地中熱ヒートポンプの開発」は、北海道などの寒冷地で特に需要の高い暖房において、地中熱を陸上に運ぶヒートポンプを高効率にすることで、再エネをより活用して補うものです。社会実装に向けてはヒートポンプだけでなく、冷暖房システムの空気流動なども研究対象とし、消費するエネルギーに対して得られる熱エネルギーの割合(COP)や、システムに投入する全エネルギーに対して得られるヒートポンプからのエネルギー割合(SCOP)は、最終目標の一歩手前の数値まで現在は到達しています。
教育プログラムや人材育成の取組については、いかがですか。
TA以外ですと、地域のニーズを受けて、奈良で行われた水素啓発イベントに和歌山高専と一緒にトライしたり、2023年にJリーグに参入したサッカーチーム「奈良クラブ」が主催したSDGsに関するイベント「N.FES」が水素をテーマにされていたので、エネルギー・環境分野とコラボして参加したりしました。
小さな子供たちを含めた幅広い年代の方々と交流したことで、学生は良い刺激になったようです。GEAR 5.0で取り組んでいることだけでなく、研究開発に使用する機械や、高専そのものについてなど、様々なトピックスについて地域の方と交流し、「またイベントに出たい」といった学生の声もありました。
「人に教える」ということで、知識の使いどころが分かると思っています。学生はいくつもの授業を受ける中で「教えられることに慣れている」ので、教える立場になることで、自分で考えて、責任を持って教える経験をしてほしいなと思っていました。それは、TAを担ったことで得られる経験でもあります。
コンソーシアムのほかにも、今後目指していることはありますでしょうか。
これまでお話ししました通り、本分野ではさまざまな要素技術を研究開発してきました。ですので、それらを「まとまった成果」として、デジタルツインのような形で可視化したいと考えています。
デジタルツインとは、さまざまなデータを集めて、それらをコンピューター上で物理空間として再現することで、限りなく現実に近いシミュレーションが可能になる手段のことです。高専のモノづくりの現場だと、金属3Dプリンターを利用してデジタルツインを導入されているところもありますね。
本分野の要素技術をデジタルツインとして見せることで、例えば、いくつかのパラメータを変化させて、家のエネルギーがこれぐらい賄えますとか、燃料電池の性能がこれくらい上がります、といったシミュレーションができるようにしたいです。
将来的なコンソーシアムにもデジタルツインを導入したいと思っています。産学官での発展的な共同開発環境を整備することで好循環な事例を生み出し、高専のネットワークを完成させたいですね。
学生コメント
専攻科 物質創成工学専攻 2年生
GEAR5.0の中で成長を感じたのは研究への試行錯誤です。私の実験は測定物の性質上、水や酸素といったありふれたものが測定の妨げになることが多くありました。それを改善するというのはただ結果と向き合うだけではなく、自身で実験道具を改良したりすることが必要で、実際に学内の工房に足を運んだりして実験器具を調整しました。その経験は、学生実験などでは得られない、自分の実験を続けることで得られたものだと思っています。この経験は、結果に躓いた時、諦めるのではなく、打開策を考える行動へのきっかけになってくれています。
専攻科 物質工学専攻 2年生
研究では、まず自分自身が納得できるかどうかを意識して取り組んできました。学年が上がるにつれて、学会で発表する機会や、先生・先輩方とお話しする機会に多く恵まれ、徐々に幅広い議論をできるようになったところに成長と面白さを感じています。
私は専攻科生なので、後輩にこの魅力をうまく伝えられるか不安でしたが、逆に後輩たちが熱心に取り組んでいる様子を見て、私自身が触発されることも多いです。そのような学生同士で高め合える関係を築くことができ、その中で主体的に行動が出来るようになったと思います。