介護・医工分野の主な成果
当事者(障がいのある人や高齢者)でも
使いやすいスイッチ技術を開発
GEAR―ATで連携している協力校では当事者へのAT技術(支援技術)を活かしたさまざまな機器を開発してきました。その1つとして、「タブレット端末」と「外部スイッチや視線入力装置」をつなぐモジュール型プラットフォーム「KME(KOSEN Multifunctional Endpoint)」の開発が挙げられます(熊本高専)。肢体不自由などといった障がいがある人でも、例えば軽く触れるだけでタブレット入力ができるよう、アクセシビリティ(利用しやすさ)を向上させました。
また、「触るスイッチ」も長野高専が開発しています。名前の通り、触るだけで入力することができるスイッチで、指先が少ししか動かせない人や、スイッチが押せない人でも楽に入力できるようにしたモジュールです。触るだけでいいので、手が使えない場合は頬を当てて使用することも可能です。
アプリやスポーツでもAT技術を開発
介護・医工分野では支援機器だけでなく、作業内容を音声でメモするアプリやVR専用アプリを利用した射的ゲームやお絵描きなど、さまざまな支援アプリを開発してきました(富山高専、仙台高専など)。また、iPad上で動作するアプリを活用した簡易的アプリの作成をレクチャーするワークショップを、特別支援学校の教員の方々を交え開催しています(富山高専、長野高専、函館高専、新居浜高専)。受講者には、これまでに専門的な知識がなくても支援アプリを作成することができることを体験していただきました。
また、年齢、性別、障がいの有無を問わないスポーツで、パラリンピックの正式種目でもある「ボッチャ」の関連装置の設計・開発・改良や、普及活動も行ってきました。企業と共同で「視線入力対応ボッチャ・ランプ(※)装置」を開発し、特許も取得(徳山高専)しています。
※勾配具のこと。自身で投球することができない選手は、ボールのリリースポイントやボールの種類などをランプオペレーターに指示し、ランプを用いて投球します。
当事者に合ったAT機器をつくれる「高専ATライブラリ」
上記のように様々な高専でATの事例やシーズが生まれていますが、それらを登録して共有できる「高専ATライブラリ」も開発しました。これによって各高専のAT技術研究や教育を加速させるだけでなく、作業療法士(OT)や理学療法士(PT)、言語聴覚士(ST)、看護師、特別支援学校教員、当事者の家族といった支援者からも様々な事例にアクセスできるようにすることで、当事者に合ったATを自分たちの手で簡単に実装することが可能になります。
障がいの具合などは当事者によって異なり、その当事者“だけ”に合ったATを実装する必要があるため、AT分野では「多品種少量生産」が基本です。「高専ATライブラリ」によって多くの支援者が当事者に合ったプロトタイプを素早くつくり上げる環境を提供することで、日本でのATを底上げすることを期待しています。
ユニットリーダー インタビュー 清田 公保 熊本高専 人間情報システム工学科 教授
日本における介護・医工の課題は、何が挙げられるのでしょうか。
福祉関係の大学と高専が共同研究する場合はあるものの、地域として目を向けると、その地域に特化したNPO法人などが介護・医療に取り組んでいるがゆえに、横の連携が十分にできていない現状がありました。
日本において、全く同じ症状で困っている方は少ないと思いますが、似たような症状や重複した症状で困っている方はたくさんいらっしゃいますので、全国に高専があることを活かして、GEAR5.0が始まる前から「全国KOSEN福祉情報教育ネットワーク」としてニーズやシーズの調査を通して、高専間連携を進めていました。
もともと、支援機器開発という分野は「多品種少量生産」が基本であるために、大量生産による収益性を出すのが難しく、企業がなかなか進出できない分野です。そのため、高齢化社会の日本では人的な介護サービスは世界トップレベルで進んでいるものの、支援機器は遅れている状況でした。
しかし、日本は本来、小技を効かせた機器の開発が得意な国だと思います。そこで私たちは、まずシーズを固め、先代の技術を駆使した全国KOSEN福祉情報教育ネットワークで機器開発を進めていこうとしたのです。そして、GEAR5.0のスタートによって、そのネットワークの協力体制を整理して、GEAR-ATの協力校を中心に、高専ATの拠点校(AT-HUB構想)を全国に配置することができました。
ATを開発するにあたり、重要なことは何でしょうか。
当事者からニーズを聞き取り、シーズをかけ合わせながらモノをつくり、その人に使ってもらってフィードバックをもらい、さらに改良を加える……。これを繰り返すことで、全員には通用しないかもしれないですが、その方には合ったモノが出来上がります。ATにおいてはその流れが重要で、研究者・技術者発信のサービスや機能は当事者目線の視線がないと全く使えないことがほとんどなのです。
コロナ前ですと、熊本高専では、特別支援学校でワークショップを設け、そこでニーズを聞き取り、フィードバックを含め1年間かけて学生が開発していました。あと、社会福祉法人 合志市社会福祉協議会と4,5年前から連携して高齢者向けのスマホ教室をしており、低学年の学生有志を中心に参加しています。
スマホ教室でのヒアリングでは、まず「スマホで何がしたいのか」を聞いています。「困っていることはありますか?」と聞いても、高齢者の方はスマホの知識があるわけではないので、何に困っているのかもわからないんです。世間話から困りごとが見えてくることもありますね。「文字が打ちづらくて……」となると、「最近は音声入力ができまして~」という方向へ持っていくこともできます。
そのような活動を通して、ニーズのほかにも意外なことが分かりました。それは「高齢者向けのスマホが1番使いにくいと思っていること」です。要は「便利な機能やアプリを制限しているから使えない」わけです。また、何度も尋ねられると周りの家族も教えるのが億劫になってしまい、「人に聞ける環境がないこと」も分かりました。学生は高齢者にとって孫に近い存在だからなのか、このあたりのニーズや背景を聞くのがうまいなと思います。
そのほかの取組についてはいかがでしょうか。
1つ1つの支援技術やATライブラリなど様々ありますが、それに加えてですと、デジタルアクセシビリティアドバイザー(Digital Accessibility Advisor、旧:ICTアクセシビリティアドバイザー)認定資格の取得に向けた冊子「高専AT技術者スキル標準テキスト」を作成しました。
DAAは、障がいのある方や高齢者が抱えるデジタル機器の困りごとに合わせて適切にコーディネートし、利活用をサポートできる知識と技術を持つ人を指します。また、デジタルアクセシビリティのマインドを持つことも必要です。
音声入力などは、デジタル機器は介護・医療の現場で大いに活用できるものですが、作業療法士や理学療法士、特別支援学校教員の中でその活用方法を熟知して利用されている方は、まだまだ少数です。そういった方々へのICT教育を底上げするために、高専と日本支援技術協会が連携してDAA検定は始まりました。
高専AT技術者スキル標準テキストの前半は支援技術・障がいに関する知識や法整備などについて、後半はWindowsやiOSが持つ機能や利活用などについてまとめています。ハードやソフト、アプリは人知れずアップデートされるので、それに合わせて使う人も冊子も情報をアップデートしないといけません。
また、DAA検定を取得し、日本支援技術協会からの推薦を受けると、デジタル庁が実施しているデジタル推進委員の認定資格が取得できる制度もあります。地方ではデジタル・ディバイド(情報格差)が進んでいますので、DAA・デジタル推進委員の認定資格を持つ学生が、ATの開発やスマホ教室、あるいは携帯ショップなどで活躍してほしいなと思っています。
今後の高専において、介護・医工分野の課題は何と考えていますか。
障がいを持つ方々の就労支援が挙げられます。デジタル業界、例えば日本ソフトウェア協会でも就労支援を課題に挙げていますが、メタバースの技術を用いて遠隔で仕事をしたり、ボッチャやeスポーツで活用されている視線入力の技術を応用したりすることで解決することも可能だと考えています。
また、セルフケアロボットの開発も挙げられます。2023年の3月に卒業した学生が在学中にアームロボットの開発に取り組みまして、現在も引き継いで開発中です。このロボットは、「いつでも痒いところを掻けるロボットがほしい」という当事者のニーズから生まれたもので、視線入力で動かせます。デイケアの方などは炊事や掃除もあって、常に当事者の近くにはいれませんから、いつでも掻けるロボットがほしいというニーズがあるんです。
日本のロボット技術は世界一とも言われていますが、ヒューマノイドロボットに関しては研究開発が大掛かりなため企業が参入しにくく、まだまだ弱い分野です。しかも、金額がどうしてもかなり高くなりますので、小型化に向けて地元企業と一緒に動いています。
KMEといった支援装置についても、その時期は必要だとしても、その後の症状や状態の進行具合によっては使用しなくなるかもしれないモノにお金を払うのは負担になると思います。そこで、サブスクにして、「壊れたら返す→改良して戻す」や「使わなくなったら返す→改良して別の方に送る」という形式を考えています。高専の学生によるアントレプレナーシップの技術者育成と組み合わせて、高専卒業生で協力いただいている方々とNPO法人などを立ち上げて取り組んでみるのもいいなと思っています。
学生コメント
専攻科 電子情報システム工学専攻 1年生
私はGEAR5.0で障がい者支援・介護に関するシステム開発を行う中で、ユーザーの目線に立ってシステムやそのアイデアを評価し、実現する点に力を入れて取り組みました。
また、高専から提供できる技術と支援を必要とする方々の困りごとをどうマッチングし、どのような解決策を提供できるかについて考察を深めました。
研究室と実環境の違いに悩まされることもありましたが、何度も実験を重ねることで、スムーズに実験を行うことができるようになったことに成長を感じています。
専攻科 情報生産システム工学専攻 2022年度卒業
ボッチャのプロジェクトを通じて「良いもの」の基準は技術者側にあるのではなく、使用者側にあるということを学び、複雑で精度よく動くものよりも、シンプルで壊れにくく簡単に使えるものがよいというニーズは、自分にとって新鮮でした。
「装置を使う人」「使うのをサポートする人」「使う人のまわりの人」「作る人」にとってもう少し良い形がないか、想定している使う人・使い方以外にも活用できないかなど、これまで以上に「使い方と使われ方」を考えるようになりました。高専卒業後も、このような試行錯誤はインクルーシブなデザインをする一つの方法なのではないかと考えています。